ブログ1 【書き下ろし】移住先の静岡でブログ始めました よろしくお願いしま~す!(2026年6月記)

書き下ろし
タイトルカット 三保の松原と富士山(三保の松原は静岡市清水区です)

本ブログに目を止めていただいた皆さま、ありがとうございます。中の人は何者、なぜブログ始めたの? っていう当然の疑問へのFAQは追々ご案内するとして、人生70余年でこれが初ブログです。

2026年5月、千葉から静岡に移住したのをきっかけに、稚拙さを自覚した上で、新作の書き下ろしに過去記事やコラムのアーカイブを交え、雑文をノージャンル・フリーハンドで執筆・公開させていただくことにしました。

〝外様〟だから分かる静岡の魅力と課題

移住先は静岡市葵区。JR静岡駅の北方約2.5㎞の住宅地です。

自宅近隣。JR静岡駅から北ヘ一直線の静岡県道(通称・安倍街道)が自宅前を走ります

あと数年で後期高齢者の私のこれまでの住まい、大阪と札幌に転勤した約10年間を除いてずっと千葉県習志野市でした。県庁所在地の千葉市と、県下第2の都市・船橋市に挟まれた習志野市は人口約17万5000人。対して新居の静岡市は県都の65万都市。政令市です。

シニアから若い方まで世は移住ブーム……のようですが、私の習志野市→静岡市ってホントに移住なの?  一般感覚では移住は都市から地方への住み替えで、私のように規模の大きな都市への転居はあまり移住といわないような。ただの引っ越しなんでしょうね。しかし、個人の思いはれっきとした移住。自称、おきて破りの移住なんです。

ここで小休止して本コラムのスペック。カテゴリーは新作の【書き下ろし】、過去作に加筆・修正した【アーカイブ】のジャンル2本立てで書き進めます

【書き下ろし】は、読者の皆さまのご参考になるかもしれない移住にまつわる諸々に加え、〝外様のふじのくに住民〟だからこそ感じる地域の魅力や課題を軽いタッチでまとめます。

もう一つの【アーカイブ】は、半世紀近くにわたって専門紙の記者・ライターとして書きつづった交通や観光を中心にした記事・コラムを厳選・リライトして再録します。

内容は、文字通りの何でもあり状態。上記テーマのほか、趣味の世界から愛読書やCDのレビューなどもアトランダムにアップさせていただきます。

最初にお断りすれば、本コラムに特定の見方や方向性を推奨、批判する意図は毛頭ありません。あくまで第三者の立場で世上の動きを客観的に追い掛けます。その点、十分にご理解いただければ幸いです。

半世紀に及ぶ記者・ライター生活

これまでの人生を少々。新卒(22歳、1977年)から65歳の定年退職(2019年)まで、ずっと同じ会社で、専門紙の記者(後期は編集委員)として「書いて書いて書いて書いて書いてまいりました」(多くの方がご記憶外かもしれませんが、昨年の新語流行語大賞でしたね)。転職経験は1回もありません。

私が就職戦線に臨んだ大学卒業前年の1976年といえば、第1次、第2次のオイルショックの谷間。前年には大卒予定者の内定取り消しが社会問題化していました。

当時から青田買いとかコネとかいろいろあったようですが、ネットなんて夢のまた夢、現在のように情報が発達していなかったこともあって私自身、そうした裏技には完全に無頓着でした。

卒業は1977年3月で、就職先が決まらないまま年明けを超え、そろそろあせりだしたころ、大学の就職掲示板に見付けたのがその後40余年間にわたって勤務することになる交通・鉄道関係の新聞社(入社時は株式会社になる前の財団法人)でした。

振り返れば、新卒の就活に大苦戦。新しい仕事を探す苦労は二度としたくない……。私自身はそのことを、転職しなかった言い訳にずっと使ってきました。とにかく、転職の前に退職が面倒。何しろ1970年代、〝現代の出る杭は打たれる〟の「○ームリ」なんてありませんでしたからね。

記者、編集委員として2004年~2019年の16年間、国土交通記者会に所属して交通、観光、地方創生などのニュースを発信しました。国交省の記者クラブは本省5階にあります

定年退職後は実質フリーライターに

ここから2019年へと一気にワープ。私はこの年の7月、65歳の定年を迎えました(正確には60歳定年は2014年7月で、2019年までの5年間は再雇用)。

定年前後の変化、それまで朝から晩まで働いていたのに、急にやることがなくなって当初はアセりました。

何すればいいのか。記者人生40余年のスキルといえば書くこと。Webデザインとかプログラミングの技術があれば別の道もあったでしょうが、私にできるのはライティングだけ(=一応の文筆業)。フリーライターの活動を始めました。

で、最初に困ったのが肩書き。現代は必ずしもも肩書き社会ではありませんが、名刺に何か書かないと無職では世の中に通用しにくいし、取材も受けてもらえません。

そこで長く取材担当してきた交通シンクタンク(一般社団法人)の代表理事にお願いして、「審議役」の役職をもらいました。審議役といっても特に審議することはありません。もちろん報酬もなし。僭越ながら、「相談役になったのに誰も相談に来なかった」をネタにしている落語家の某大師匠と同じです。

さて、ライターを名乗って何に書くのか。記者・編集委員時代、懇意にしていただいた新聞や雑誌、ニュースサイトなどの発行元・編集部を訪問して何とか6社(者)の寄稿先を見付けました。

連載6本といえば作家の先生なら〝超売れっ子〟かもですが、ライターとして生計を立てるのはめっちゃ厳しい。個人的感触ながら、一般的なライターの原稿料収入はせいぜい月々2~3万円。5万円稼ぐのも超しんどいのです。

活字不況の世にあって書かせてくれる媒体(本や雑誌)はどんどん縮小しています。唯一の例外かもしれないのがネットメディアで、現代のサラリーマンは通勤電車で新聞を読まなくなった代わり、スマホでネットニュースを読んでいます(陰の声=ゲームやってる方も多数)。

ということで退職を機に、私は主戦場をネットメディアに移しました……。

初回はここまで。本コラムは書き下ろしですが、引き続きアーカイブから鉄道と音楽ネタ各1本を掲載します。是非ご覧ください。

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