
過去コラムをリライトしてお届けする【アーカイブ】。4回目の今回は初の紀行もので、自動車業界団体の会報に寄稿した、長野県上田市の名湯・別所温泉の10年前の取材記を再構成しました。
2016年の上田といえば、話題は同地が舞台の一つになったNHK大河ドラマの「真田丸」。主演の真田幸村役は堺雅人さんで、父親の昌幸が草刈正雄さん、兄の信之が大泉洋さん、そして家臣の佐助(猿飛佐助?)が藤井隆さんと名優が脇を固めました。
堺さんは、2013年のテレビ日曜劇場「半沢直樹」のイメージが強烈。今だからいえますが、私は幸村が半沢の名セリフ「倍返しだ!」と言いそうな気がしてテレビを見ていましたが。
(ここから2016年のコラムです)私の新聞社は旅行雑誌も発行しています。この連載を始める際、寄稿先の編集長から言われたのは「旅行雑誌のような旅ものを」。
リクエストにお応えしてではありませんが、微力ながら魅力的な観光まちづくりやイベントを取り上げたいと思います。今回は長野県上田市の別所温泉。
戦国時代には幸村も入湯?

突然ですが、「ロケ地ツーリズム」、「スクリーンツーリズム」という言葉をご存じでしょうか。
映画やテレビドラマゆかりの地が観光人気を集めることで、代表的なのは「冬ソナ(テレビドラマ「冬のソナタ」)」の韓国ブーム。ヨン様(覚えてますか? イケメン俳優のぺ・ヨンジュンさんですよ)目当てに当時、韓国を訪れた日本人は18万人、経済効果は2000億円以上といわれました。
日本では昔も今もテレビの大河ドラマが、ロケ地ツーリズムの引き金となるようです。
今年の「真田丸」は戦国の武将・真田幸村が主人公。放送は豊臣秀吉の大坂(大阪)に移ってしまいましたが、前半の舞台は真田氏の居城・上田城がある上田市でした。その上田市の名湯が別所温泉です。
北陸新幹線なら東京から1時間20分、クルマでも関越・上信越自動車道利用で練馬から2時間と少々。鉄道の場合、上田駅から上田電鉄というローカル私鉄に乗り換えると、終点が別所温泉駅です。
宿泊客減少に猛ハップン
温泉の紹介文には、「ヤマトタケルが開き、清少納言が絶賛した信州最古の温泉」とあります。

となれば幸村も当然、入湯したかも。現代の別所温泉、旅館は全部で20軒ほど。周囲を山々に囲まれた素朴さが売り物で、専門誌の「日本の温泉100選」では、ちょうど真ん中の50位前後が定位置となっています。
宿泊客数が温泉の浮沈を表します。最近のピークは2003年度の18万人で、そこから右肩下がり。一時は14万人を割り込んでしまいました。
危機感を抱いた別所温泉旅館組合は、長野県から温泉・スキー場地区再生モデル事業の助成を受けて、「別所温泉魅力創生協議会」を2009年9月に立ち上げ。にぎわいある別所温泉を取り戻す活動を実行に移してきました。
創生協は〝オール上田〟がモットーです。旅館組合を中心に、上田市商工観光部、別所温泉観光協会、長野大学環境ツーリズム学部などが参画します。
実践するのは話題づくり。年間の催し開催件数は多い年で20件ほど。事業の中身はホタル鑑賞会や観音堂の参道を照らすナイトキャンドル、灯篭まつり、ミニ写真展、薬師堂の縁日といった観光イベントで、延べ参加者数は既に1万人を大きく超えています。
別所温泉近隣には温泉に直接関係ない人も多く生活します。それまで旅館や土産物店以外の地域住民は、「別所温泉への誘客は市や旅館の仕事。自分たちには関係ない」と第三者的に傍観していました。
しかし創生協に加わることで、「上田や別所温泉の再生」を自分たちのこととしてとらえるようになったのが、協議会の効果といえるでしょう。
真田丸ブームで今年の宿泊客は2割増
創生協メンバーで地元の長野大学は、別所温泉を訪れる観光客約600人にアンケート調査しました。
「別所温泉の何に魅力を感じるか」を聞いたところ、上位は①神社・仏閣、②まち並み、③温泉。「別所温泉」というくらいですから、旅館組合は当然「温泉」が1位と思っていました。
ところが、ふたをあけてみればまさかの3位で、がっかりしたり、うなずいたり。組合が、まちづくりやサービス強化に一段と真剣に取り組むようになったことはいうまでもありません。
自分たちのやっていることをアンケートや市場調査で客観的に評価してもらう。これって案外大切なんですね。
最後に、本稿を書くに当たり旅館組合に温泉の近況を聞いてみました。昨年は北陸新幹線の金沢延伸で石川や富山からも観光客が訪れるようになり、宿泊客数は15万人台をキープするそうです。
今年は〝真田丸効果〟で来訪客数が例年の2割増とのこと。温泉街では「上田つむぎの真田一族押し絵展」など、幸村人気を当て込んだイベントも多数開催されています。
2026年7月追記 別所温泉アクセスの上田電鉄は2019年10月の台風19号で大規模被災。本ブログカット写真の上田~城下間、全長224mの千曲川橋りょう、通称「赤い鉄橋」が落橋しました。
一時は鉄道廃止も検討されたそうですが、地元は鉄道存続を選択。再建された鉄橋は上田市が保有、橋りょうの再建工事も上田市が主体になることで、国の支援が受けられるようになりました。


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