ブログ36 【書き下ろし】  シリーズ「乗ったで降りたで静岡清水線」 柚木駅 その1(2026年9月記)

書き下ろし
タイトルカット 今年7月の第73回「安倍川花火大会」(会場から2㎞ほど離れた自宅ベランダで撮影)

静鉄静岡清水線全15駅のルポ。今回と次回はスタートの新静岡から5駅目の「柚木」です。

同線としては難読かも。「ゆずき」でなく「ゆのき」。意味はもちろん「ユズの木」。ユズはミカン科ミカン属の常緑樹です。〝ミカン王国・静岡〟、ユズも栽培されます。

アタマから余談ですが、2004年のアテネオリンピックの公式テーマソング「栄光の架橋」を歌ったフォークデュオ・ゆず。メンバーの北川悠仁さんと岩沢厚治さんがバイト先の食事会で食べた、「柚子シャーベット」がグループ名の由来だそうです。

ユズの実は食用というよりゆず味噌やゆず大根といった料理の風味付けに欠かせず、その香りはオンリーワン。私は子どものころから、冬至の日にゆず湯に入っていました。

静岡市葵区に柚木の地名は今もありますが、場所は国道1号線を挟んだ線路の反対側。柚木駅の所在地は柚木でなく、静岡市葵区宮前町です。

もう一つの鉄道ファンには有名な話、同じ静岡県にはアナザー柚木駅があります。路線はJR身延線、所在地は富士市。柚木の地名はほかに福島県相馬市と愛媛県大洲市、さらに高知県や熊本県にもあるようです。

柚木駅はご覧のように上下線ともに線路北側にホームがある島式+相対式2面2線の構造。新清水方面列車は上下線ホームの間から発車します

開業時の駅名は「曲金」 

駅開業は鷹匠町(現・新静岡)や台所町(現・日吉町)と同じ1908年。旧静鉄の開業時から駅がありました。

隣駅の春日町からの距離は、これまでの3駅と同じく500m。ほとんどは国道1号線に並走(隣接)します。

開業時は駅の所在地が現在と少し違っていたようで、旧駅名は「曲金まがりがね」。曲金は曲尺かねじゃく(=直角に折れた金属のものさし)のことで、詳細は不明ながら呉服町や鷹匠町と同じく、江戸時代の職業別居住地に由来するのかもしれません。

ちなみに、私が千葉の公民館の体操教室で静岡への移住であいさつした際、ある方は「以前、曲金に住んでいた」と話していました。

駅は昭和の初めに移転して、戦時中の1942年「護国神社前」に。戦後に現在の「柚木」に再度改称されました。

柚木駅から春日町駅方向を望む。(写真では切れていますが)左側が国道1号線で、春日町駅手前で線路は国道に沿って緩く右にカーブします

島式1面2線を相対式2面2線に

柚木駅は、静岡清水線ではちょっと変わった構造です。複線の線路それぞれにホームがある、いわゆる2面2線。しかし、上下線ともにホームは線路北側です。

書いている本人も認める分かりにくい説明で申しわけありません。写真をご覧ください。新静岡方面の上りは島式、新清水方面の下りは相対式です。なぜこんな面倒な(というわけではありませんが)構造になったのか?

柚木駅は以前は島式1面2線でしたが、開業後に下り方面ホームを新設(時期不明でしたが、駅構造から考えてそれほど昔ではないと思われます)。混雑緩和を理由に、上下線ホームを分ける駅改良工事で2面2線になりました。

同じような構造の駅……、私の知る範囲ですが、東京メトロの丸ノ内線霞ヶ関駅と銀座線日本橋駅、JR総武・中央緩行線千駄ヶ谷駅などが思い浮かびます。各駅島式1面2線でしたが、ホームを増設して2面2線になりました。

正式名称かは不明ながらこうした構造の駅、島式+相対式と称されます。もう一駅、今は島式1面2線になったJR山手線渋谷駅、2023年1月の駅改良以前は島式+相対式でした。

前回のブログ30でレポートした前駅の春日町、限られたスペースに1面2線のホームと駅舎が〝詰め込まれて〟いました(失礼をお許しください)。

柚木も開業時は同様の構造でしたが、駅拡張のスペースが確保できたので、現在のような2面2線になりました。

駅舎は駅北側で、上下線ホームは地下道で結ばれます。駅舎とホームの行き来は踏切が一般的という静岡清水欄で、地下道連絡の柚木は、ある意味で近代的な駅といえるでしょう。

英霊を慰める「静岡護国神社」 

柚木駅の周辺施設として紹介されるのは靜岡縣護國神社(静岡県護国神社)、静岡県自動車学校、MARK ISマークイズ静岡など。マークイズは2013年4月、1号線を挟んだ駅南側にオープンした三菱地所系の大型ショッピングセンター(SC)です。次回ブログでレポートします。 

今回は、静岡清水線の線路北側にある護国神社に行ってみました。

静岡県護国神社本社。ブログ本文でも紹介の通り、深い森に囲まれます。正月の初詣では10万人の人出があるそうです

にわか勉強で恐縮ですが、護国神社の歴史は日本の近代化の歩みに重なります。明治維新で日本は近代国家としての歩みを始めましたが、江戸から明治への時代の移り変わりでは戊辰ぼしん戦争で多くの尊い命が失われました。

そうした国家のために一命を捧げた人々の霊を慰めようと、東京・九段に建立されたのが招魂社しょうこんしゃ。現在の靖国神社です。

同様の考え方で各道府県にも護国神社が創建されることになりました。

静岡県では当初、拙宅に近い静岡浅間神社で戦没者の霊を慰めていましたが、明治中期には県単位で招魂社を建立する機運が盛り上がり、1899年に護国神社の前身、共祭招魂社が創建されました。

当初は現在地とは違っていたようですが、戦時中の1942年に現在地へ(曲金→護国神社前への駅名変更と同時期と思われます)。靜霊神社しずたまじんじゃへの改称を経て、1953年静岡県護国神社になりました。

護国神社のアウトライン、お宮参り、七五三、必勝合格祈願、厄除けなどにご利益ありだそう。東京ドーム2つ分という広大な境内の一部が柚木公園で、春の花見など四季を通じて数多くの市民が訪れます。

国策的意味合いもあった創建当初から現在は市民の憩いの場になった静岡県護国神社、毎月最終週末に骨董市、第1、3日曜日にはフリーマーケットが開かれるそうです。

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