
シルバーウィークの5連休は「どこも混んでいる」(「単なる言い訳」by陰の声)と、どこにも出掛けなかった私。連休明けの9月27日、移住先の静岡市と同じ静岡県中部の藤枝市に〝プチ遠征〟しました。
目的はブログ27で触れた「藤枝鉄道博」。藤枝市郷土博物館・文学館で10月12日まで開催中(入館有料)の〝鉄道のまち・藤枝〟の歴史をたどる企画展です。
主なメニューは、①藤枝の鉄道遺産展、②原信太郎鉄道模型展ーーの2本立て。またまた鉄ちゃんライクで恐縮ですが、2回に分けてお伝えします。

全通からわずか20余年で全廃
静岡県の鉄道のまちといえば、最初に思い浮かぶのはSLの車両基地があった沼津(沼津機関区)や、ブログ33で取り上げた静岡車両区のある静岡でしょうか。今はJR東海道線藤枝駅があるだけの藤枝市も、鉄道とともに発展してきました。
藤岡市を大正年間から昭和40年代まで走った鉄道、それが静岡鉄道(静鉄)駿遠線です。
現代の静鉄、本ブログのシリーズ「乗ったで降りたで静岡清水線」で取り上げるような近代鉄道ですが、藤枝の静鉄はローカル線の味わい満点でした。
軌間(線路幅)762mmの軽便鉄道で、JR在来線の1067mmに比べて狭く設備も簡素。しかし、駿遠線の路線長はJR中央線東京~相模湖間に相当する64.6kmもありました。
国内ナロー最長。鉄道ファンに廃止後半世紀経た現在も愛される駿遠線、静鉄にとってもちろん黒歴史ではありません。
駿遠線略史。大きくは駿河岡部~大手(藤枝大手)~新藤枝(国鉄藤枝との接続駅。旧駅名は藤枝新)~地頭方(牧之原市。地名は現在もあります)間36.4kmの藤相鉄道と、新袋井(袋井市)~新三保(御前崎市)間18.1kmの中遠鉄道に分かれます。
最初の開業は藤相が1913年、中遠が1914年という大正初期のほぼ同時期。明治中期から大正期に沸き起こった第2次鉄道建設ブームに乗って生まれ、一般鉄道に比べて建設が容易な軽便鉄道で整備されました、
藤相、中遠の両鉄道はいわゆる戦時統合で1943年、静岡電気鉄道(静鉄)の駿遠線に。戦後の1948年に地頭方~池新田(御前崎市。新三保駅との関係は不明ですが、同駅あるいは近隣駅と思われます)が開通して全通したものの、モータリゼーションに飲まれてわずか20余年で全廃されました。
元祖撮り鉄・ヒギンズさん
藤枝市郷土博物館の藤枝の鉄道遺産展、路線案内図や列車行き先表示、駅名標といった多くの資料で駿遠線の足跡をたどります。
会期中のイベントの一つが鉄道講演会「ヒギンズさんが撮った静岡県の鉄道」(9月27日)で、私は会場を訪れました。

講師はNPO法人・名古屋レール・アーカイブスの安藤功事務局長。鉄ちゃんご愛読の「ヒギンズさんが撮った……」シリーズの多くで解説を担当します。

講演会と同名の(というより講演会がタイトルを借りた)鉄道書「ヒギンズさんが撮った静岡県の鉄道」、昨年6月に出版されました。
ヒギンズさんってどんな方? ジェイ・ウォーリー・ヒギンズさん、1927年アメリカ・ニュージャージー生まれ。ミシガン大学卒業後、海軍に入り、1956年と1958年の2回、日本に駐留。在日中、カメラを担いで全国のローカル鉄道を熱心に回り、ポジフィルム(スライド)に記録しました。
現在99歳。安藤さんによると、車いす利用なもののお元気で、東京で生活中。書籍化にあたって、アドバイスをくださるそうです。
安藤さんたちアーカイブスのメンバーが苦労するのは撮影場所の特定。フィルム台紙にメモ書きはあるのですが、達筆過ぎて読めない。国土地理院の公開資料などを利活用して、どこで撮影したかを推測します。このあたり、私も含めて編集に携わったキャリアをお持ちの方ならあるあるじゃないでしょうか。
安藤さんの講演、このほか興味深い話題が尽きませんでしたがスペースの関係でここまで。
余談一話。「ヒギンズさんが撮った……」の出版社、今年に入って事業停止に追い込まれました。まさに活字不況(私も実感。厳し~い!!)。ネット書店では扱い中のようで、ご購入の方はお早めに。

銀行、書店、遊歩道……令和の駿遠線跡
ラストは駿遠線の廃線跡ミニルポ。
会場の藤枝市郷土博物館は駿遠線の旧始発駅・大手(駿河岡部~大手間は戦前に廃止)の近隣だったので、早めに現地入りして次駅の慶全寺前まで散策しました。

ところで、駿遠線が国鉄との接続駅・新藤枝でなく、4kmほど北東の大手を起点としたのは大手のほうが街の中心だったから。鉄道が建設反対で地域の中心を外れるのは明治時代にはあるあるでした。
国道1号線に面した旧大手駅の跡地は現在は銀行や大型書店に。またまた余談ながら、駅跡の戸田書店の本店(静岡市清水区。現在は閉店)は、アニメ「ちびまる子ちゃん」にも登場する〝聖地〟の一つだそうです。
閑話休題、旧慶全寺前駅近くの駿遠線沿いにあるのが飽波神社。古墳(大和)時代の318年創建と伝わり、令和の境内ではパンダやくまモンがお出迎えという親しみあふれる古社です。飽波は「あふれ出る清らかな水」の意。これぞ静岡県!
駿遠線の廃線跡は、多くが遊歩道などとして整備されます。機会があれば再訪したいと思います。
本件は9月27日取材、同29日掲載で本ブログ最速。新聞は締切最優先で、私も現職時代は徹夜もしましたが、寝不足で書くと集中力不足で間違い多発になるので、今回は1日遅れの翌々日掲載でご容赦願います。

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